家族の肖像

貢献せねばならぬ

このたびは皆のものの熱心な歓迎を受けてうれしく思ふ。本日は親しく市内の災害地を視察するが、広島市は特別な災害を受けて誠に気の毒に思ふ。広島市民は復興に努力し、世界の平和に貢献せねばならぬ。 ああ広島平和の鐘も鳴りはじめたちなおる見えてうれし…

追慕

以前、「脱ダム宣言」というセンセーショナルな言葉がありました。恐らくは、あからさまに、作ることが目的とわかるようなダム作りはやめましょうということだと思います。核廃絶とは言わずに、脱核宣言、進歩を塞ぐ核を脱ぎ捨て、自分から脱皮し羽化してい…

地球の呼吸

社会経済の発展は、リスクや矛盾、あちらが立てばこちらが立たず、必ず対立や犠牲を含むものだと思っていました。でも、それが発生しない考え方があることに気づきました。地球が一つの生命体で、そこから法則が送り出されているという前提を持つことです。…

ドームルネサンス

原爆ドームを負の遺産として残すことが、終止符でいいのかなと思います。被爆前の産業奨励館を復活再建してみたいとは思わないのかなと。

後姿

「高校野球 黙とう」で検索すると、第87回全国高校野球選手権大会、8月6日の開会式における、黙とうの件について表示されます。その日は被爆60年目の「原爆の日」でもあり、開会式前に広島県代表の高陽東高校の生徒が黙とうを提案したけれども、主催者側に…

広島の道

大国頼みであったり、自国の国頼みであったりすると、失望することはわかっていると思う。原爆投下という特殊な性質の経験を経たことにより、広島・長崎は世界で孤独な立場に立たされた運命であるから、これからも孤独な歩みを続けていく宿命を持っている。…

summer grass style

原子爆弾により実際に被爆された方にとっては、当時の地獄のような焼土や亡骸の様子がどうしても中心を占めると思います。しかし、そこにもし、夏草の一本が芽吹いたのであれば、次世代の私たちは、その瞬間の景色をも思い描いてみたいです。どのように芽を…

スタイル

夏草やつわものどもが夢のあと芭蕉の有名な俳句。「夏草」について、「夏草」そのものが枯草に通じて、「夢のあと」の無常を表わしているという「人」目線の解釈が一般的なようです。でも、「夢のあと」になっても生き続ける自然の力、夏草はすごいな、そこ…

ボールとお菓子

「ドイツ人捕虜チーム」で検索すると、広島のサッカーの歴史が出てきました。1919年1月に、当時の色々な事情で似島にいらっしゃったドイツチームと広島チームとの初めての国際試合が、広島高等師範グラウンドで行われたとか。その頃から日本のサッカーの勉強…

わかった

戦争の本質について。戦争発生の源は国内にあり、国内や人間の心の内から始まるということ。国外ではないということ。

自然とともに

サンフレッチェが優勝した試合の前に、虹が出ていたとか。今年9月30日は台風でしたが、カープの試合は行われました。引退セレモニーの時には、雲が切れて満月が出てきたとか。Carp応援ラッピングトレイン お披露目式典の最中にも、雨が止んで日が差してき…

省みる

原爆により、公舎でお孫さんと息子さんと亡くなられた広島市長、粟屋仙吉さんは広島の人ではなく、元々国のお役人でしたが、その正義感から、ゴーストップ事件で軍と対立し、疎まれていたそうです。軍と対立したためか、、早くに公務員を引退していたにもか…

ひらく

もし、原爆投下に関する機密文書や密約があり、未だに公開されていないのであれば、公開されるべきだと思う。戦争って、国同士の対立からではなく、権力者同志の密約から始まり、命を奪われるのは一般市民なのかもしれない。軍需産業でお金得て、生き残るの…

See and do

ベザリウス(1541~1564)の真のバイブルとは自然そのものであり,ありのままのものであり,ガレンや他人の書いた印刷された本ではない,科学は観察から始まるのである,という心がガレンの医学を現代の医学へと書きかえるきっかけを与えたのである.これは…

野球

原子爆弾投下時の広島市の首長は、正義感の強い粟屋仙吉という人で、学生の頃は野球部ではサードを守っていたそうです。

昭和20年

江波山気象館は、西洋の古くからある建物のようでした。昭和20年9月17日の枕崎台風による広島の被害と原子爆弾による被害が重なったことについて、「二重の災害」と紹介されていました。通信手段が断たれたため、台風接近について広く伝えられず、犠牲者が多…

真理は踊る

懐かしい学生時代のノートを見ていると、真理について次のように書いてありました。「われわれは次の質問を自分自身に問うてもよいであろう。真実だとその時代の者が思ったものも、100年後には不完全であることがよくわかるように、われわれののものもまた10…

黎明

塗装する面積は同じなのに、塗料の節約とかの方針で、広島エリアを通る列車は、カープのチームカラーの赤ではなく、よりによって、わざわざ他球団カラーに塗りつぶされて、ZOOM-ZOOMスタジアムを横切って走るのでした。考えすぎかもしれないけれど…

空白の時

広島・長崎の原子爆弾投下は誰もが知る所ですが、三角州からなる広島市は大きな洪水被害の歴史もあるのだそうです。周防灘台風と枕崎台風。枕崎台風は、1945年9月、原子爆弾投下直後でありながら、広島は2,000人をこえる死者行方不明者の被害であったそうで…

au lait~オ・レの街角

JR列車体の単色化が進められているそうです。今までのJRの列車の色で、すてきだと思うのは、アイボリーのベースにこげ茶色とブルーのライン。ミルクチョコレート、もしくはミルクココアの色に、平山郁夫さん、東山魁夷さんを連想させる「青」のラインが入…

今年8月6日には、国連やアメリカ・フランス・イギリスの政府の方々が、広島にわざわざ足をお運びいただいたということでした。 確かな情報ではありませんが、アメリカの大使さんは昨年秋に一度広島を訪問されて、その後一度帰国し、打ち合わせ後に今回式典…

赤バス

ランドセルを背負って、10円玉を握りしめて、まゆみちゃんと一緒に、小学生の私を運んでくれたのは赤バス。

8月6日

広島に生まれてよかった。

ちょうわのかたち

長崎の平和記念像のポーズには、重い意味があるらしいですが、形だけみるとクラシックバレエの基本の形のように、調和がとれている。「調和の形」。 被爆地は、ことさらに、「調和」に敏感にならざるを得ない宿命を背負っている。

生きてみせる

被爆から立ち直ろうと復興していく中で、先輩の大人たちはどのような態度で、生きてきたのかと思いました。すると、ふと「ズッコケ」ということばが思い浮かびました。 「ズッコケ三人組」の作者、那須正幹さんの、「自分の子供時代は大人があまり干渉しなか…

いのちのかたち

禎子さんの折った折鶴は、それは、だんだん小さくなってゆき、針で折ったものもありました。 そして、「原爆の子の像」は頭上に、空に向って、力強く大地を踏んで、大きな折鶴を掲げています。 「原爆の子の像」は「命の形」だとわかりました。

瞳、指先、背中

「原爆の子の像」には国内外から折鶴が寄せられるようですが、広島に住んでいると、それは日常の風景の一コマになっており、特に感慨を抱くこともありませんでした。 しかし、あらためて禎子さんの折った鶴を見ると、鶴をを折る子供たちの姿が目に浮かんでき…

折鶴

平和記念資料館で、今回特に印象に残ったのは、佐々木禎子さんの折った小さな折鶴です。佐々木さんは「原爆の子の像」のモデルでもあり、病床で回復を祈りながら、鶴を折り続けた話は、よく知られています。 その折鶴がこんなに小さいものであったかと、始め…

これしかありません

友人を案内して、久し振りに平和記念資料館に行きました。そこで伝わってきたことは、「沈黙」と、「消え入るように小さな声」でした。広島といえば、「原爆」。派手な平和運動の旗を振っているように思われがちですが、本当の姿は「ただ黙っている。」 資料…

約束

平和公園をただ「墓場」のような目で見ないでね。復興を約束する所だから。無念であったけれども、次の子供たちがいるから、雲の上から繁栄と復興のパスポートを発行してくださるのよ。

後輩

今日街で見かけた「カープ坊や」。なんだか「ボールだけじゃなくて、どんな兵器の弾も僕が打ち飛ばすよ!」と言っているみたいに見えた。頼もしい後輩だね。スラィリーは球団マスコットの中では一番「なぞ」なんだって。ちょっと「ピカソ」的。

負の宿命

世界遺産の「自由の女神」様が掲げているのは自由民主の誇り、聖火でしょ?核の炎ではないよね。 広島や長崎は町や人が、核の炎で焼かれた。 同じ世界遺産なのに、アメリカはよかったね聖火で。同じ世界遺産なのに、原爆ドームは焼かれた残骸。

相生橋の背景

大本営は「インペリアル・ジェネラル・ヘッドクォーターズ」と連合国から呼ばれていたそうです。(フリー百科事典『ウィキペディア』)広島にもそれが置かれた時期があったとか。 原爆ドームの背景には、推測ですが、他にも比治山陸軍墓地、江田島の海軍兵学…

昭和

ああ広島 平和の鐘も 鳴りはじめ たちなほる見えてうれしかりけり *** 昭和天皇

鯉城

広島大本営があったことが投下のひとつの理由ならば、広く言い換えれば、首都や防衛施設が投下の目標になりやすいということだと思うけれど。

目覚め

「安らかに眠ってください、過ちは繰り返しませぬから」そして、「時には起き上がって、私たちを叱ってください」

沈黙

広島といえば原爆。原爆といえば平和。ほとんどの被爆した人たちが表立って平和運動をしているような印象を持たれがちですが、多くの被爆者はまた、ひっそり黙っている。悲惨な記憶は思い出して語れないという人もまた、本当です。

「家族の肖像」と題される作品は様々な分野で数多くあるようですが、私の場合、ヴァン・ダイク・アンソニーの絵の「家族の肖像」を指します。 平成18年4月2日に 広島県立美術館で「エルミタージュ美術館」展-魅惑の秘蔵コレクション~フランドル絵画と…