イライザのコサージュ

映画「マイ・フェア・レディ」の最初の場面。

コヴェント・ガーデンのロイヤル・オペラハウスのオペラ公演が終わって、着飾った紳士・淑女が、舞台の華やかな余韻をまとって外へ出てきます。劇場のすぐ傍は、イライザ達が働いている下町の市場。

急な雨に、貧富入り乱れてみんな慌てています。雨は、オペラ帰りの高級なドレスも花売り娘の貧しい服も足元も、隔てなく同じように降リ注いで濡らしてゆきます。劇場の中だった人も外だった人も、雨のせいでみんな同じなのが、なんだかとても愉快です。

劇場で繰り広げられていた公演が続いているかのように、イライザは、

  ♪ああ、なんてしあわせ!“Wouldn't It Be Loverly?”♪

を歌って踊ります。音楽は、口笛。舞台セットは、野菜の籠が積んである荷車。小道具の扇は、キャベツの葉っぱ。最後にセロリ(?)の花束を貰って、野菜や花の屑に埋もれて、ごみの馬車で退場です。

貧しいけれど、『小さな部屋・大きな椅子・チョコレートや暖炉・・ポカポカと暖かな場所』を夢見るイライザは、生き生きとして楽しそうです。

その胸元には、スミレの花束をコサージュのように飾っていて(飾る前に香を確かめている)、地味で濡れて汚れた洋服も、シックにお洒落に見えます。

イライザは主に、スミレの花束を売っている設定のようです。手際よくスミレの花束を作る場面もあるし、「マイ・フェア・レディ」の本にも“violets”ということばが見られるので、どんな花でもよいという訳ではなさそうです。この時代に流行っていたのか、それとも特別な意味が込められているのでしょうか。

社交界デヴューが成功しても満たされず、得られない温もりを求めて、古巣の市場に舞い戻ったイライザが手にするのもやはり、スミレです。

そして、最後の場面。

イライザは愛を知り得て、バラの精に変身!全身控えめな薔薇色のドレスです。つま先まで華奢なピンクの靴もすてき。(椅子があって、本当にバレエ作品「薔薇の精」と同じような場面設定です。)胸元にはスミレではなく、大きなピンクの薔薇が咲き誇っています。

でも、目には見えなくても、スミレは、きっとその胸の中に咲き続けているのでしょうね。「初心、忘れるべからず!」と。ことばや服装は変わっても、花売り娘の時も、社交界にデヴューしても、人としての誇りは変わらない。最初の場面で、既に、♪ああ、なんてしあわせ!♪と、歌って踊っていた証として。

オードリーといえば、衣裳はジバンシーといわれていますが、この映画のセット・衣裳は、全てセシル・ビートンという人だそうです。

この映画を見ると、今の時代の現実はどうあれ、心の中では、コヴェント・ガーデンという場所が絶対的に特別な場所になってしまいますよね・・・例えスリに遭ったとしても、中にいても外にいても劇場ですものね。