省みる

原爆により、公舎でお孫さんと息子さんと亡くなられた広島市長、粟屋仙吉さんは広島の人ではなく、元々国のお役人でしたが、その正義感から、ゴーストップ事件で軍と対立し、疎まれていたそうです。

軍と対立したためか、、早くに公務員を引退していたにもかかわらず、頼まれて広島市長になったのは、昭和18年。原子爆弾に迎えられるような、タイミングであったそうです。


「康子十九歳 戦渦の日記」(門田隆将著)

「原爆の秘密」(鬼塚英昭著)


投下の原因を国内に求める説など、いろいろな側面の8月6日があるかもしれない。

だからこそ、「あやまちは繰り返しませぬから」と省みることを繰り返し反芻し、静かに重ね、積み上げていくのだと思う。