明るい心

舞台初日前、人形師も妻吉も懸命になって何度練習を繰り返してもうまく行かず、身も心も疲れ果ててしまいます。初日が迎えられないという気持ちで眠れない妻吉に養父の声が聞こえてきました

「・・・人形使いは木偶を使っている人だ。魂のない木偶を使いながら、魂の入った真に迫った所作をしている名人の文三に使ってもらって、しかもお前は生きていながら魂が入っていない。
魂が入らないということは、己の執着にとらわれているからである。いいかえれば自惚れが先に立ち、欲が先に立つからできないのだ。
自分の心を離して、お前は木偶にならねばならない。身も心もまかせきって、人形師の心のままになれ。
自信を捨てよ。自惚れを捨てよ。三番叟でなくとも、お前の一生は我が強くては生きられない。
どんな場合でも、どんな人に接しても、自分の身も心も空になってまかせよ。身を捨てよ。心も捨てよ。でなければお前の一生があぶない。」

『無手の法悦』(大石順教著/春秋社)

人形使いに全てを任せよう」と、自分を捨てることに気づいた妻吉は、はじめて明るい気持ちとなり、初日を待ちかねるのでした。